ずっと気になっていたブログの引っ越しが無事に終わりました。
たまに読み直すと、こんなこともあったなと懐かしく思い出します。
昨日の午前中は図書館。
午後は庭仕事。気になっていた、つまづきやすい草の株を掘り起こしたり、ジャスミンの植えと、絡まっていた蔓をほぐしてフェンスに巻き付けました。そして昨年出先で貰った「節黒仙翁」の種を蒔きました。
今日は喪中はがきを出し、花の苗を買ってきて植えつける予定。
夜は歌の自主練。
書いていませんでしたが、11月11日は主人の誕生日でした。
生きていれば72歳。
その日は誘われて軽井沢に行きました。
新しくオープンした美術館へ行き、現地にも家を持つ友人の車で浅間山山麓をドライブし、落葉松の林を見ました。
お世話になっている指揮者のお宅訪問。
同好のご夫婦は日帰りで帰宅し、私は一泊。
翌日落葉松の落ち葉が降る光景を見に行き、散策して帰りました。
この夏勉強した「落葉松」の背景を知ることができました。
主人の一周忌と義母の二十三回忌を併せて執り行うことにし、日程も決まりました。
あとひと月で2022年が終わります。
年末年始は静かに喪に服す心境でしたが、実家の母と、娘たちと息子とでホテルで過ごすことにしました。
家に居てもどこに居ても、同じと考えることにします。
主人が大好きだったクリスマスのイルミネーションはお休みとします。
2022年11月30日
2022年11月29日
1094.庭に感謝している
今の家に戻ってきて、12月4日でまる2年になります。
その時主人はすでに特養にいました。
主人の衣類は伸縮性のあるものを届けていました。
戻ってきた時の庭は荒れ放題。
引っ越してきても、荷物がある程度片付いたら、日が暮れるまで開墾のような作業を毎日やっていました。
今、柿の木に感謝しています。
たわわに実った『渋柿』を収穫し、今年は娘の一家も加わって、三歳の孫も、大人が採った柿の実を大きな紙袋に入れる仕事をしてくれました。
庭はあちこちに分散しているので、きちんとしていません。
主人がエネルギーを注ぎ過ぎた庭ですが、今日はじっくり手入れをしました。
できる範囲でやって楽しんでいこうと思います。
実家に行った時は花の苗を植えたりしています。
昔の日記を見て、「大丈夫よ庭は」と当時の自分に言ってあげたい気分です。
https://hana5871.seesaa.net/article/201408article_3.html
その時主人はすでに特養にいました。
主人の衣類は伸縮性のあるものを届けていました。
戻ってきた時の庭は荒れ放題。
引っ越してきても、荷物がある程度片付いたら、日が暮れるまで開墾のような作業を毎日やっていました。
今、柿の木に感謝しています。
たわわに実った『渋柿』を収穫し、今年は娘の一家も加わって、三歳の孫も、大人が採った柿の実を大きな紙袋に入れる仕事をしてくれました。
庭はあちこちに分散しているので、きちんとしていません。
主人がエネルギーを注ぎ過ぎた庭ですが、今日はじっくり手入れをしました。
できる範囲でやって楽しんでいこうと思います。
実家に行った時は花の苗を植えたりしています。
昔の日記を見て、「大丈夫よ庭は」と当時の自分に言ってあげたい気分です。
https://hana5871.seesaa.net/article/201408article_3.html
2022年11月27日
1093.講演/ルーツを辿る旅/家族会/主人が夢に出てきた
もう一か月前になりましたが、彩星の会の依頼を受けて、専門職方達の研修でzoomによる体験談を話しました。
初めて人前で体験談を話したのは、主人が診断を受けて3年目の、ようやくデイに行き始めた頃のことでした。
コンビニで保護された際、病気の話をすると「明日の記憶」をお店の人が見たことがあり、急に空気が和らいだ、という話をH場さんにお話ししたことがきっかけでした。
あの時はまだいつも緊張状態が解けず、自分の名前も名乗りたくない心境で、名字だけ伝えてお話ししました。
スリブリさんと初めてお会いしたのもこの時でした。
同じ会員でありながら、それまで認識していなかったのでした。
あの頃は介護の道のまだ2合目くらいの所にいたのだと思います。
今回は主人も亡くなっていて、これまでのことを客観的に話すことができました。
彩星の会の事務局は、西新宿にあった時は主人と数回お邪魔した(駆け込んだ)ことがありました。
新しい事務局に来たのは初めてでした。
都内で他の用事があった時に一度立ち寄って、打合せをしました。
本番はこの事務局から。
パソコンの画面に向かって一方的に話すことはどうなのだろうと思っていましたが、始まってみると分割画面の中に、にっこり頷きながら聴いて下さる女性の顔が見え、助けられました。
時計の秒針を見ながらあと10秒、9,8とカウントダウンしながら丁度の時間で終わり、サポートして下さったスタッフさんと喜び合い、ほっとしました。
***
主人が亡くなって、自分の節目でもあり、先週は関係者の出るオペラ公演を観に遠出したその足で、私が生まれた地や、中学高校の一時期住んだ所などへ行ってみました。2泊3日の旅でしたが、いずれも父と母が頑張った場所、歴史と自然の豊かな所で、15年くらい経ったら再訪しようと思いました。
***
先月、1年ぶりに参加した地元のデイでの家族会に、今月も参加しました。
5名参加、途中からもう一人、さらにケアマネさんも。
一人はうちに続いてご主人が急に亡くなった人。
骨折して長期入院のあと自宅に戻り、しばらく自宅待機。さあいよいよという初日に突然の逝去。「肺が真っ白だった」とのこと。息苦しさや辛さを言葉で伝えられない、もしくはそれを感じなかったのでしょうか。
長期入院中にコロナ禍で面会ができなかったことは残念なことです。
前頭側頭葉変性症のご主人は二人いますが、どちらもデイに通いながらも自宅べッドの上での排泄処理に奮闘していることに頭が下がりました。
ベッドの四方が空間ならやりやすいのですが(主人がお世話になった施設の部屋はそうでした)、一辺や二辺が壁や家具でふさがれていると、介護者はベッドの上に上がってご主人の体の向きを変えなければなりません。
そういえば・・と話したのは、病院ではおむつ交換は大きなワゴンに道具一式を積んでスタッフさんが病室に入ってきますが、主人の施設では、個人の尊厳を守る意味で、大きなショルダーバッグに一人分のセットを入れて部屋に入ること。
二人とも刻み食で、もぐもぐ噛むけれど飲み込まない段階。
一人は主人と同じ施設で月に1回ショートステイをしているとのこと。懐かしく、嬉しい気持ちになりました。
1年前から参加の人は脳梗塞数回目で認知症的になったご主人を介護中。エピソードを聞いていると主人初め数人の前頭側頭の人が思い浮かびました。
ケアマネさんも思わず「マークさん(主人のニックネーム)を思い出す・・・」とにこにこ。
話している人の話を最後まで聞く。句読点まで待つ。
こちらが正解と思うことをすぐに言い返さないこと。
****
喪中はがき作製中。
実家の母や娘、息子と、年末年始のことを相談。
喪中だから静かに過ごしたい。
そういう日だったからか昨夜の夢に主人が出てきました。
イベントに参加するのだけれど、スタンドに置いた私のバッグにおやつや飲み物が。
それを取りに来た主人の髪がとても伸びていてびっくり。
どうしてこれまで気が付かなかったのかしら、と鋏で切るもなかなか切れず。
主人はもう亡くなっているのに、という発想は全く湧きませんでした。
元気そうでよかった。
初めて人前で体験談を話したのは、主人が診断を受けて3年目の、ようやくデイに行き始めた頃のことでした。
コンビニで保護された際、病気の話をすると「明日の記憶」をお店の人が見たことがあり、急に空気が和らいだ、という話をH場さんにお話ししたことがきっかけでした。
あの時はまだいつも緊張状態が解けず、自分の名前も名乗りたくない心境で、名字だけ伝えてお話ししました。
スリブリさんと初めてお会いしたのもこの時でした。
同じ会員でありながら、それまで認識していなかったのでした。
あの頃は介護の道のまだ2合目くらいの所にいたのだと思います。
今回は主人も亡くなっていて、これまでのことを客観的に話すことができました。
彩星の会の事務局は、西新宿にあった時は主人と数回お邪魔した(駆け込んだ)ことがありました。
新しい事務局に来たのは初めてでした。
都内で他の用事があった時に一度立ち寄って、打合せをしました。
本番はこの事務局から。
パソコンの画面に向かって一方的に話すことはどうなのだろうと思っていましたが、始まってみると分割画面の中に、にっこり頷きながら聴いて下さる女性の顔が見え、助けられました。
時計の秒針を見ながらあと10秒、9,8とカウントダウンしながら丁度の時間で終わり、サポートして下さったスタッフさんと喜び合い、ほっとしました。
***
主人が亡くなって、自分の節目でもあり、先週は関係者の出るオペラ公演を観に遠出したその足で、私が生まれた地や、中学高校の一時期住んだ所などへ行ってみました。2泊3日の旅でしたが、いずれも父と母が頑張った場所、歴史と自然の豊かな所で、15年くらい経ったら再訪しようと思いました。
***
先月、1年ぶりに参加した地元のデイでの家族会に、今月も参加しました。
5名参加、途中からもう一人、さらにケアマネさんも。
一人はうちに続いてご主人が急に亡くなった人。
骨折して長期入院のあと自宅に戻り、しばらく自宅待機。さあいよいよという初日に突然の逝去。「肺が真っ白だった」とのこと。息苦しさや辛さを言葉で伝えられない、もしくはそれを感じなかったのでしょうか。
長期入院中にコロナ禍で面会ができなかったことは残念なことです。
前頭側頭葉変性症のご主人は二人いますが、どちらもデイに通いながらも自宅べッドの上での排泄処理に奮闘していることに頭が下がりました。
ベッドの四方が空間ならやりやすいのですが(主人がお世話になった施設の部屋はそうでした)、一辺や二辺が壁や家具でふさがれていると、介護者はベッドの上に上がってご主人の体の向きを変えなければなりません。
そういえば・・と話したのは、病院ではおむつ交換は大きなワゴンに道具一式を積んでスタッフさんが病室に入ってきますが、主人の施設では、個人の尊厳を守る意味で、大きなショルダーバッグに一人分のセットを入れて部屋に入ること。
二人とも刻み食で、もぐもぐ噛むけれど飲み込まない段階。
一人は主人と同じ施設で月に1回ショートステイをしているとのこと。懐かしく、嬉しい気持ちになりました。
1年前から参加の人は脳梗塞数回目で認知症的になったご主人を介護中。エピソードを聞いていると主人初め数人の前頭側頭の人が思い浮かびました。
ケアマネさんも思わず「マークさん(主人のニックネーム)を思い出す・・・」とにこにこ。
話している人の話を最後まで聞く。句読点まで待つ。
こちらが正解と思うことをすぐに言い返さないこと。
****
喪中はがき作製中。
実家の母や娘、息子と、年末年始のことを相談。
喪中だから静かに過ごしたい。
そういう日だったからか昨夜の夢に主人が出てきました。
イベントに参加するのだけれど、スタンドに置いた私のバッグにおやつや飲み物が。
それを取りに来た主人の髪がとても伸びていてびっくり。
どうしてこれまで気が付かなかったのかしら、と鋏で切るもなかなか切れず。
主人はもう亡くなっているのに、という発想は全く湧きませんでした。
元気そうでよかった。

